しません

 

誰のため 何のため
ふと立ち止まるたび
消えない問答

 

人のため 皆のため
決まりのテンプレのような
言葉で縛られて

 

こんなことを言えば叩かれるでしょう
でも最後の最後は自分でしかないなら
他人を満たすより自分を満たせ

 

反省なんかはしません
ことあるごとにすみません
とか言っても意味などあるのかないのか

だって誰かの採点基準で
○×つけてもらっても
どっかで気づくよ何かが違うと
だって・・・


朝起きて 夜眠って
幸せであるのは疑いは無い

 

それはそうね すごくそうね
だけども「それでいい」と
「それがいい」は違うの

 

欲深い人を蔑む人よ
その全うな面を冷めた評論家面を
自由の名のもとにビンタしてやる

 

後悔なんかはしません
自選他薦も問いません
ってか他薦じゃだめだよ自分で選ばにゃ

だって出題者の意図を汲んで
正解と思しきそれは
自分のハートに何点くれるの?

だって・・・

 


自分はここからここまで的な
線を引いたならそれまで
誰のそれもこれもどれもなにもかも
意外とやったらできちゃうかも

 

誰かに褒められように
がんばってくのもいいけど
自分を楽しませるのは    
たぶんもっときっとずっと大事よ

 

だから・・・

反省なんかはしません
後悔なんかもしません
弁解なんかもしません
危機管理なんてしません

 

飛ぶ羽なんてありません
しバタ足だってできません
でもって自信もあてもありません
けど何もしないではいられません


反省なんかはしません
ことあるごとにすみません
とか言っても意味などあるのかないのか

だって誰かの採点基準で
○×つけてもらっても
どっかで気づくよ何かが違うと
 
後悔なんかはしません
自選他薦も問いません
ってか他薦じゃだめだよ自分で選ばにゃ

出題者の意図を汲んで
正解と思しきそれは
自分のハートに何点くれるの?

だって・・・


vocal,words,music,

all intruments,mix&mastering

by OJIROU

これは2015年の2月に出来上がった曲。

 

今回ミニアルバムに収録するにあたって、細かいところを調整するぞとデータ開いたところ
何を思ったか誤って消してしまいまして。。

 

どうにも復元することができず、仕方ないからまた一から作り直すことになりました。

 

もともとのテイクはもっとテンポが遅かったのだけど、せっかく作り直すのだからと、気分を新たにかなりテンポ上げてまみました。


そしてビートをさらにきかせて、攻撃的な仕上がりにしてみました。

 


歌はサビの「だって」というところを何回も録り直しました、なかなか上手く歌えず。
結局、音程とか無視して言葉のアタック感だけあればOKということに落ち着きました。

ラスサビではメインのメロの裏にフェイク的なものを入れているんだけどバランスが難しかったです。やりすぎるとうっとおしいし、少ないと盛り上がりに欠けるし。
この「ラスサビフェイク問題」は古今東西問わず、きっとみんな試行錯誤してるんじゃないのかなぁ。どうなんだろう。OJIROUはいつも格闘している。

 

イントロのリフのギターはこの歯切れを出すのに苦戦しましたね。結局音符にならない音をどれだけリズミカルに入れられるかってことのような気がします、たぶん。

 

ベースはシンセベース(Massive)、基本16分で鳴ってます。

 

シンセもほとんどMassiveを使用。

 

ドラムはキック、スネアなどはNicky Romeroのやつ。それ以外はMaschineとかStylrusとかつかっているかな。

 

ウワモノはNicky Romeroのサイドチェイン専用プラグインですっと「んーわぁんーわぁ」いってます。

 

この曲も『リビリラ』同様にいろいろなところでDJ的処理をして遊んでいます。あといろいろサンプリング音もちりばめております。

 

全体を通してなかなか尖ったサウンドになったのではと思います。

 

 

 

この曲を出来上がってうちの奥様に聞いてもらったときに「OJIROUらしい憎たらしい歌詞だね♪」と言われたのを覚えています。うんむ、的を射ているなあと思います、このちょっとひねくれた感じ、これがOJIROUなんです。(まあ根底には清流のようなピュアな心がせせらいでいますが。)

 

で、歌とか曲って良くも悪くもその人らしさが出てないと歌う意味、作る意味が無い気が最近していまして。世界観というものがなきゃいかんな、というのがありまして。

 

そういう意味で「OJIROUらしく憎たらしい」というコメントはそれを体現できている証拠かなとポジティブに受け取っています。

 

 

内容はそうだなあ、超一言で言うと「空気読むな!」かなあ。大人になればなるだけ自分を客観的に見られるようになるんだけど、それによるマイナス面も実はいっぱいあるんだろうなっていう。

 

自分はどういう状況にいて、どういう可能性が残されていて、周りからどんな風に見られているか、とかあれこれ気にするのも必要かもしれないけど、それよりももっと大事にしなくちゃいけないものがあるんでは?という。

 

「客観的に自分を分析した結果」と「自分の気持ち」を天秤にかけて、どっちが下に傾くか。

 

最終的にはそこなんだと思うろ。